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王尋の情報
王尋の情報中国の前漢時代末期から新代にかけての政治家、武将。王莽の配下で、丕進侯。前漢末期に、中郎将王駿らの匈奴への使節団に、副校尉として参加している。始建国1年1月、王莽が皇帝として即位し、新を創始した。王尋も、哀章が献上した銅匱に王莽を補佐する11人の1人として名が掲げられていたため、大司徒に任命され、章新公に改めて封じられた。地皇1年7月、王莽が長安の南に祖廟を建築しようとすると、王尋は大司空王邑と共に符節を与えられ、建築工事を指揮監督している。地皇3年冬、王莽の命令により、王尋は10数万の軍勢を率いて洛陽に駐屯した。翌地皇4年3月、漢軍の劉秀・王常らが頴川郡に進攻し、昆陽・?・定陵の各県を攻略すると、大司空王邑も王莽の命により洛陽に派遣された。王邑と王尋は各郡の部隊から100万の兵力を動員して、これを「虎牙五威兵」と称し、荊州、頴川の平定に用いている。
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開設 2009/08/10
更新 2009/08/28
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